今週の絵手紙第28週
梅の花を見ると、思わず香りを嗅ぎに近づいてしましますね。
「梅 雪に和して香ばし」
大変綺麗な情景です。梅、雪、そして香りが一体となって眼前に現れました。
視覚、嗅覚が一つになり、聴覚や触覚はどこか遠くに行ってしまった。
梅との無心の対話です。
梅が感動となってそこに現れたという句でしょうか。
今週の絵手紙第26週
皆さん頭の毛をカミソリで剃ってもらったことは・・多分無いですよね。
仮に自分の頭を剃ってもらうとすれば、プロの理容師とカミソリ握ったことのない素人どちらにしますか?
頭を傷だらけにされたいという、よほどの変わり者でない限り大抵プロを選択することでしょう。
木も出来れば”木を知るプロ”に切ってもらいたかったでしょうが、、裏の藪に茂った椿がうっそうとしていたので寺庭さんハサミでチョキチョキと切ってしまったそうです。
寒肥なら分かるけれど、この時期に剪定?と言いたくもなりますがしかし、初春を飾る生け花へと身を変えて新たな生を受けました。ささやかですが、春の訪れとなりました。
厳寒の中に咲く花には人を包み込むような優しさを感じます。
上から妙蓮寺、西王母、初嵐という品種だそうです。
今週の絵手紙第25週目
猿が大慌てで逃げているのは・・・
分かる分かる。でも今日で鶏に交代ですよ!
行く年来る年にはかないません。
大晦日。11時半から毎年恒例、除夜の鐘と精進蕎麦のお接待をしました。約400人の方にお参り頂き、にぎやかな年越しとなりました。
都会の方では除夜の鐘が騒音公害との意見もあるようです。
毎日鳴らす訳じゃない。1年でたった1回しかない除夜の鐘なんですから。
鐘楼で皆さんをお迎えしていると、喜怒哀楽願念望希幸・・いろんな顔をして鐘を撞かれているのがよく分かります。
どんな思いでも良いんだと思います。ただ鐘を撞きに来ていただけるだけで、自身の心と向き合われている姿を拝見し、お一人お一人に合掌し礼拝しました。
今日は朝から大般若札の祈祷。正月明けに檀家さんにお配りします。
本年もよろしくお願い致します。
寺庭の絵手紙第24週目
4年前の12月2日、月命日のお勤め先で、雨の中ニャーニャー鳴いている子猫がいました。
聞けばその日の朝、玄関先にひょっこり現れたとのこと。誰かに捨てられたのでしょうか。
人なつっこくてどこまでも私についてきます。
車のドアを開けると、乗れとも言っていないのにさっさと自分から乗ってくる始末。
まるで「末永くよろしくお願いします」と言われているような気分です。
ヨシッ、これも何かの縁だと、和尚さんに頼み込んでうちで飼うことにしました。
毛がグレーなので名前は「ギン」。よく血統書付のロシアンブルーやシャリュトリューと間違われますが、
れっきとした雑種!
長勝寺のマスコットです。
寺庭の絵手紙 第23週目
今週は冬至当夜ですね。柚子風呂が楽しみです。
お寺にクリスマスは無いけれど、冬至当夜はあります。
修行道場の冬至当夜は無礼講です。それはそれは盛大に宴を催し一人一芸を披露する習わしです。
厳しい修行道場で無礼講の宴?と思われるかもしれませんが、日々の厳しさがあるからこその無礼講なのです。
私達のように毎日が宴の者からすると、無礼講と聞いただけで俗な感じがします。
しかし、道場の無礼講には俗っぽさというものは感じません。ついでに聖なるものもありません。
聖・俗や清・濁といった両極のこだわりが抜けたところに真の人間性を見出す、といったところでしょうか。
ともすれば動物性を発揮しそうな師走の忘年会シーズンです。ご用心!